おしえて東俊裕弁護士
条約で何が変わるの?  ESSENCE  (福祉新聞  2006年9月18日)

条約は国内の法制度にどんな影響を与えることになるのでしょうか。キーワードを絞って“車いすの弁護士”東俊裕顧問に解説していただきました。

【合理的配慮】

合理的配慮をしないことは差別だ(第2条)という原則がこの条約案で承認された意味は大きい。
合理的配慮をする場面の例示として、「労働と雇用」(第27条)の分野に規程がある。例えば、障害者が職場に行っても、通路の幅や机の高さが合わないといった労働環境が現実にある。職務外のことでも、ちょっと同僚の手助けがあれば助かるということもある。こうした時に調整することが雇用主に求められる。障害者が他者と同じ労働環境を得られるよう配慮が担保されることにつながる。
「教育」(第24条)の分野に規程があるのも特徴。障害児が普通学校に入る時、母親は付き添いを求められてきた。1日中付き添うことは無理だから養護学校へ行かせるといった実態もあった。教育現場でも合理的配慮が求められるから、支援がなされるようになるだろう。障害の特性に合った教育も求められてくる。

【アクセス】

これは条約としては新しい概念(第9条)。アクセスというと、これまでは交通や建物のことがメーンに考えられてきたが、この条約には情報・通信のアクセスも書き込まれた。情報面の障壁がいかに障害者の社会参加をはばんできたかに着目した条項だ。
情報アクセスという面で言うと、手話が言語として認められた点も大きい。手話を認めたことの意義は、日本のろう学校が手話ではなく口話を中心としてきたおかしさが指摘されたこと。手話で教育を受ける権利がやっと認められる。
さらに、コミュニケーション手段とは手話や点字に限らず、様々なニーズがあるのだと認められた点にも注目を。特に、条約案を作る過程で中途失聴者や盲ろう者の存在が明らかになった意味は大きい。

【教育】

日本は、障害の有無で教育の場を原則分離してきた。しかし条約案はインクルーシブな教育を原則とした(第24条)。現行の学校教育法施行令は当然見直される。教育において大きな転換点となるだろう。

【虐待防止】

日本には障害者に対する虐待防止法がない。しかし第16条は、障害者を暴力や虐待から保護し、適当な措置を取らなければならないということを規定した。子ども、女性、高齢者には虐待防止法がすでにあり、障害者についても法律を作らなければならないということになってくる。

【司法へのアクセス】

知的障害者があわや冤罪という刑事事件「宇都宮誤認逮捕・起訴事件」(2005年2月、無罪論告)は、障害者への無理解、偏見から作られたもの。いかに警察、検察、裁判所が障害に無知かを自白した事件だった。第13条は、取り調べの可視化や、必要なサポートを確保することにつながっていくだろう。

【差別禁止法】

これを作るのは難関。条約案は、直接的には「障害者差別禁止法を作らなければならない」とは書いていないからだ。
ただ、千葉県が差別禁止条例案を作る過程で集めた事例の多さからも分かるように、差別がまん延しているのは明らか。目に見えない形でも差別は横行している。なのに効果的な法律がない。差別とは何かものさしを示し、どう救済するか規定した法律を作ることが、この条約の趣旨からすると求められていると思う。
いずれにせよ、条約案は「何をしろ」とは書いていない。批准した国がそれぞれ「自国では何をすべきか」を真剣に考えなければならない。当事者が声を上げ続けなければ政府は何もしないということも起こり得る。だからこそ、これからもNGOの力が必要なのだ。